古河公方と北条氏 - 黒田基樹

古河公方と北条氏 黒田基樹

Add: duzir66 - Date: 2020-12-04 08:21:44 - Views: 6319 - Clicks: 66

Ⅵ 戦国大名印判状の性格について(黒田基樹) 第3部 氏康の外交 Ⅰ 戦国武将の官途・受領名―古河公方足利氏と後北条氏を事例にして―(長塚孝) Ⅱ 関東公方領のアジール性(藤木久志). 黒田基樹『古河公方と北条氏』62頁でも同様。ただし、与吾(与五)将軍系図では満助の子。佐藤博信『古河公方足利氏の研究』、356頁 でも満助の子。 ^ 『戦国人名辞典』 991頁(見出し「簗田持助」の解説・長塚孝 執筆). タイトル: 古河公方と北条氏: 著者: 黒田基樹 著: 著者標目: 黒田, 基樹, 1965-. 小和田哲男/乱世に立ち向かう―大森氏と伊勢宗瑞の時代.

そんな北条氏の台頭に反発した関東の国衆が頼ったのが越後国の上杉謙信です。謙信は永禄4(1561)年、打倒北条氏の兵を挙げて関東へ侵攻しています。 謙信は小田原城を包囲するまでに至ったものの、結果的に攻略はできませんでした。ただし、帰国前に鎌倉の鶴岡八幡宮に参詣し、正式に山内上杉氏の名跡を継承しています。 元来、関東管領は山内上杉氏が世襲しており、政治的な地位でも謙信は北条氏と並びました。そしてここから関東管領を称する北条氏と上杉氏のふたつの勢力が関東の覇権を巡って争っていきます。 そして上杉氏と結んで北条氏と対立した勢力の代表格が安房国の里見氏です。 里見氏は第一次国府台合戦のときにも北条氏と敵対する小弓公方に味方しています。この際には義明を早々と見限って撤退し、被害を最小限に抑えました。 上杉軍の関東遠征の際には、謙信と手を結んだ里見義堯に葛西城を攻略されています。しかし氏康は巻き返しを図り、謙信が帰国した後の永禄5(1562)年にはこの葛西城の奪回に成功しました。 さらに氏康は武蔵国の松山城や岩付城(岩槻城)の攻略にも動きます。松山城もまた謙信の小田原攻めに際して、岩付太田氏. 足利義氏(日语: 足利義氏 / あしかが よしうじ Ashikaga Yoshiuji ,1541年2月10日-1583年2月13日)是日本戰國時代 大名,第5任古河公方,是足利氏第3任當主同名的 足利義氏 ( 日语 : 足利義氏 (足利家3代目当主) ) 第14代子孫。. 『戦国 北条一族』(黒田基樹) のみんなのレビュー・感想ページです(2レビュー)。作品紹介・あらすじ:戦国時代を切り拓いた北条早雲から五代氏直の滅亡まで、100年の栄光と悲惨のドラマを描く。. 諏訪間 順/コラム 北条氏の文化―早雲寺の美術を中心に.

こうして古河公方の外戚となった北条氏は足利御一門の家格を得ます。 当時関東足利御一門は山内上杉氏、渋川氏、吉良氏、新田岩松氏に限られていましたが、ここに北条氏も加わり、氏綱は関東足利公方に次ぐ地位に就きました。. 古河公方と北条氏 - 黒田基樹 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!. 永禄7(1564)年1月4日、氏康は諸将に小田原城への参集を命じていますが、迅速さが要求されるため、兵糧の準備は3日分で充分とし、後は北条氏が用意すると伝えています。 同月5日には嫡子である氏政と共に出陣。7日には江戸城に到着しました。そして下総国市川の国府台目指して進軍します。 以下、両陣営の主な武将です。. ここで氏康を見限り、里見側に加わったのが、江戸衆寄親の太田康資です。 江戸太田氏は関東の国衆の中でも最大の勢力を誇っています。そのため北条氏は江戸太田氏と縁戚関係を結んでいました。康資の母親は氏綱の娘(浄心院殿)ですし、正室は氏康の養女(遠山綱景の娘)です。実名の康資も氏康の偏諱を受けています。 康資がここまで関わり深い北条氏を裏切ったのには、理由は戦功への見返りの不満があったと考えられています。 北条氏が葛西城を奪回できたのは康資の功績であり、事前に葛西城を恩賞に与えるという約束がされていましたが、氏康は遠山綱景に葛西城を与えています。 その他にも同心の太田宗真が北条直臣に取り立てられたため、家臣や領土を削減されたといった理由が挙げられます。 しかし、康資の裏切りは太田次郎左衛門尉や恒岡弾正忠といった家老の反発にあって失敗し、康資は岩付城の太田資正を頼っています。 江戸城代は富永氏、遠山氏、江戸太田氏と三人いましたが、江戸太田氏が欠けたために氏康は御一門衆の北条康元を江戸城に派遣し守りを固めました。.

森 幸夫/トピック 小田原城の歴史. 豊島氏とその時代 : 東京の中世を考える. 小田原北条氏の代表的な支城として名高い鉢形城 名を残しています。の幕開けから幕切れまでの一一四年間、歴史上にそのは、一四七六年から一五九〇年まで、まさに戦国時代 しかし、鉢形城は当初から北条氏の城だったわけで はありません。. 1 初版 中世武士選書 8. 黒田基樹『戦国関東の覇権戦争 北条氏VS関東管領・上杉氏55年の戦い』洋泉社、年6月。isbn。 黒田基樹『北条氏康の妻 瑞渓院 政略結婚から見る戦国大名』平凡社〈中世から近世へ〉、年12月。 isbn。 享徳の乱と古河公方の成立 黒田基樹 79 Ⅳ 享徳の乱と常陸 中根正人 99 Ⅴ 応仁・文明期「都鄙和睦」の交渉と締結 杉山一弥 141 Ⅵ 成氏期の関東管領と守護 木下 聡 170 Ⅶ 成氏期の奉行人 植田真平 202 Ⅷ 成氏期の上杉氏 黒田基樹 236 Ⅸ 足利成氏の妻と子女.

黒田基樹『戦国関東の覇権戦争 北条氏VS関東管領・上杉氏55年の戦い』洋泉社、年6月。isbn。 黒田基樹『北条氏康の妻 瑞渓院 政略結婚から見る戦国大名』平凡社〈中世から近世へ〉、年12月。 isbn。. 黒田基樹には、渋江氏が古河公方奉公衆であったとしたい理由があったのではないか、という仮説が思い浮かんでいます。 旧来説では、岩槻城(岩付城)は、扇谷上杉側の太田氏が、荒川(元荒川)の北東の敵対勢力=古河公方を牽制するために築かれた城. 山口 博/トピック. Amazonで黒田 基樹の古河公方と北条氏 (岩田選書「地域の中世」 12)。アマゾンならポイント還元本が多数。黒田 基樹作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. 古河公方と北条氏/黒田 基樹(鎌倉・室町・戦国)の最新情報・本の購入(ダウンロード)はhontoで。あらすじ、レビュー(感想)、書評、発売日情報など充実。書店で使えるhontoポイントも貯まる。国内送料無料で、最速24時間以内出荷。. 古河公方と北条氏 岩田選書 地域の中世 12. 黒田 基樹(くろだ もとき、1965年4月 - )は、日本の歴史学者、駿河台大学法学部教授、同大学副学長を務める。 専門は日本の戦国時代・織豊時代史で、相模 後北条氏や甲斐 武田氏に関する研究を展開する。. 黒田基樹 著 古河公方と北条氏 岩田選書 地域の中世 12 ホーム.

かつて北条氏2代目当主である北条氏綱が嫡子の氏康と共に小弓公方である足利義明と戦ったのが、天文7(1538)年のことです。 「第一次国府台合戦」と呼ばれるこの戦いで氏綱は義明を討ち、小弓公方を滅ぼしました。この勝利によって古河公方の足利晴氏は関東足利氏の正嫡の座を守ることができ、氏綱は関東管領に補任されます。 さらに氏綱の娘(寿春院殿)が晴氏に嫁いだことで、北条氏は足利家御一門に加えられました。軍事力だけでなく、政治的な地位も手に入れた北条氏は関東で最も巨大な勢力となっていきます。. 北条氏は先代氏綱の時代に、古河公方を擁立、補任という形で関東管領職に就いている。 実力行使による任命といってもよい。 上杉謙信は、主家にあたる山内上杉氏から譲られる形で上杉姓と関東管領職に就いている。. 北条氏はこの勢いに乗じて上総国の里見領へどんどん進出、さらに岩付太田氏が嫡子の太田氏資(氏康の娘婿でもある)が、当主の資正を追放して北条方に味方したこともあり、北条氏は関東での勢力を盛り返すことに成功しました。 永禄10(1567)年の三船山の戦いで里見氏が北条氏を破るまでは、上総国での里見氏の影響力は低下していくのです。. Amazonで黒田 基樹の戦国の房総と北条氏 (岩田選書 地域の中世)。アマゾンならポイント還元本が多数。黒田 基樹作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。.

黒田 基樹 | 年06月15日頃発売 | 北条氏綱(1487年から1541年)関東の戦国大名。父・伊勢宗瑞の跡を継いで小田原を本拠とし、武蔵南部から房総を掌握して南関東一帯に小田原北条氏の基盤を固めた氏綱。室町幕府や古河公方から官位を得て有力大名となる一方、先進的な領国経営を確立した. 目次 : 総論 北条氏康の研究/ 第1部 氏康の領国支配(北. 足利氏姫 参考文献 黒田基樹 『古河公方と北条氏』 岩田書院、年古河歴史シンポジウム実行委員会 編 『古河の歴史を歩く 古代・中世史に学ぶ』 高志書院、年古河市史編さん委員会 編 『古河市史 古河公方と北条氏 - 黒田基樹 通史. 概要:解説書★黒田基樹 1900年代初頭から年までに国内発表された都市民俗関連書籍・論文・書評5376件を収録。戦国期の武蔵成田氏に関する研究成果の総括を図りその到達点をまとめて今後の研究の進展を図るものである。. 湯浅 浩/戦国の世を生きぬく―氏綱と氏康の時代.

古河公方と北条氏 黒田基樹 著. 古河公方と北条氏 岩田選書 地域の中世⑫ 黒田 基樹 著 (駿河台大学教授/1965年生まれ) 年4月刊 A5判・198頁・並製本・カバー装. 黒田基樹著. ⑪戦国期の奥州白川氏: 2200: 黒田 基樹: ⑫古河公方と北条氏: 2400: 丸井敬司: ⑬千葉氏と妙見信仰: 3200: 江田 郁夫: ⑭戦国大名宇都宮氏と家中: 2800: 渡邊 大門: ⑮戦国・織豊期 赤松氏の権力構造: 2900: 加増 啓二: ⑯東京北東地域の中世的空間: 3000: 月井 剛: ⑰. 1.北条氏における取次関係の構築 次掲の史料は弘治4(永禄元、1558)年に白川結城氏が古河公方足利義氏に御礼言上を行っ た際、関係者に送った進物の覚書である。同日付梶原政景宛披露状案の余白を利用して書かれ ているため、覚書部分のみを抜粋した。. 序 小田原北条氏と戦国時代. 室町幕府や古河公方から官位を得て有力大名となる一方、先進的な領国経営を確立した生涯を解明する。 ここがポイント 小田原北条氏を大勢力に飛躍させた二代目氏綱に関する初の評伝。 氏綱が確立した戦国大名の領国支配のあり方とは。.

峰岸純夫, 小林一岳, 黒田基樹編. 武蔵国の岩付太田氏の領土は謙信側の最前線であり、突出していましたから北条氏としてはなんとしても攻略したい地域です。 岩付城を包囲して兵糧攻めを行う北条氏に対し、岩付太田氏の援軍として駆け付けた里見氏は兵糧米の搬入を図りますが、米を買い付けしたくても価格で折り合いがつかない状態が続きます。このあたりおそらく北条側の政治的戦略も功を奏したのではないでしょうか。 里見氏の当主は永禄年間に義堯から嫡子である里見義弘に譲られています。岩付太田氏への援軍を率いた総大将はこの義弘であり、状況を打開できずに焦っていたと考えられます。 逆にこれを好機と見た北条側の国衆が小田原城の氏康に報告。氏康はこの報告を聞いて自ら出陣を決意するのです。. 戎光祥出版. See full list on sengoku-his. 古河公方の家臣の知行割も栗橋城に入った北条氏照によって実施され、更に簗田氏・一色氏などの重臣家ではこれまで古河公方を支えた嫡流(簗田晴助・一色直朝)に代わって北条氏に忠実な庶流が要職を占めるようになる 。. 古河公方と北条氏の本の通販、黒田基樹の本の情報。未来屋書店が運営する本の通販サイトmibonで古河公方と北条氏を購入すれば、ポイントが貯まります。本の通販 mibonでは人文書の本 新刊・既刊や雑誌など約250万冊の本が購入できます。. 古河公方と北条氏 (岩田選書・地域の中世)/黒田 基樹(歴史・地理・民俗) - 古河公方と北条氏の関係を扱った論考をはじめ、北条氏による古河公方との関係や公方領国支配において重要な役割を果たした御一家衆・宿老、公方領国の. 新人物往来社 1998.

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